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神戸地方裁判所姫路支部 平成4年(わ)227号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中本刑に満つるまでの分を右刑に算入する。

平成四年七月一〇日付け起訴状記載の公訴事実及び同年一二月一日付け訴因・罰条変更請求書記載の事実につき、被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)

被告人は、Aと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成四年六月二八日午前七時ころ、兵庫県加古川市野口町長砂二〇番地の一所在のサニーハイツ加古川三号棟四〇四号において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤約0.02グラムを水に溶かし、右Aの身体に注射して使用した。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、平成三年法律第九三号(麻薬及び向精神薬取締法等の一部を改正する法律)附則三項により同法による改正前の覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中本刑に満つるまでの分を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

一  争点(平成四年(わ)第二二七号覚せい剤取締法違反被告事件)

1  本件公訴事実は、主位的に「被告人は、分離前の相被告人B、同Cと共謀の上、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、平成四年六月一七日午前七時三〇分過ぎころ、兵庫県明石市魚住町住吉一丁目一八番一六号ベルトピア西明石一号棟二〇三号右C方において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩である覚せい剤結晶粉末約四グラムを所持した。」、予備的に「被告人は、右B、Cと共謀の上、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、右日時、場所において、Dからフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩である覚せい剤結晶粉末約四グラムを譲り受けた。」というのである。

2  これに対し、被告人及び弁護人は、被告人が右公訴事実記載の日時場所に居合わせたことは間違いないが、B、C両名と覚せい剤の所持ないし譲り受けを共謀したことはないし、営利目的もないと主張し、全面的に争った。

3  そして、右公訴事実記載の日時場所において、B及びCが共謀の上、営利目的で、Dから約四グラム入りの覚せい剤結晶粉末一袋を譲り受け、これを所持していたこと(なお、右両名については、それぞれ覚せい剤営利目的譲受罪による懲役二年四か月、罰金一〇万円の有罪判決が確定している。)、被告人もその場にいたことについては、争いがなく、関係証拠からも明らかであるから、本件の争点は、右覚せい剤の譲り受けないしその直後の所持に関し、その場にいた被告人について、覚せい剤の営利目的譲受罪ないし所持罪の共同正犯が成立するかどうかに帰着する。

二  証拠上明らかな事実

関係各証拠によれば、概ね以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  C、B、被告人と覚せい剤の関係

C(昭和二四年九月三〇日生)は、昭和五六年春ころから覚せい剤を使用し、一度自己使用で執行猶予付の有罪判決を受けたが、その後覚せい剤の密売を手伝ったことから、覚せい剤の営利目的譲渡等の事犯により懲役刑に処せられ、前刑と併せて約二年六か月間刑務所に服役した後、平成二年ころから再び覚せい剤を自己使用していた。

また、B(昭和四二年一二月五日生)は、平成二年九月ころ、暴力団組員を通じてCと知り合い、時期は必ずしも明らかでないものの、同人から覚せい剤を入手して自己使用するようになった。なお、Bは、平成三年六月ころ、暴力団××組系川見組の組員となり、本件当時も同組の正式な組員であった。

他方、被告人は、平成三年二月ころ、かつて少年鑑別所の中で知り合ったBに連れられ、兵庫県明石市内のC方に赴いた際、Cに初めて覚せい剤を注射してもらい、以後、その魅力に取りつかれ、頻繁に覚せい剤を自己使用するようになった。

2  Bらが覚せい剤の密売をするようになった経緯

平成四年二月ころ、B(当時二四歳)、E(当時二三歳)、被告人(当時二一歳)、F(当時一六歳)などは、Eのアパートに集まり、各自二〇〇〇円ないし三〇〇〇円ずつを出し合って覚せい剤を購入し、皆で自己使用を繰り返していた。ところが、同年三月末ころ、Eが右アパートを追い出され、Bの口利きでC方に居候するようになってからは、C方がBや被告人ら覚せい剤仲間の溜まり場となった。

Bは、右覚せい剤仲間のリーダー格であり、当時E、Fらを使って△△企業ないし△△興業(以下「△△企業」という。)の屋号で土木業を営むかたわら、覚せい剤の密売にも手を出していたが、付けの客ばかりで儲からず、覚せい剤購入代や従業員らに与える飲食代にも窮するようになっていた。そして、同年四月上旬ころ、C方において、Cに覚せい剤密売の相談を持ちかけたところ、同人がそれなら自分が現金の客を紹介してやると応じたことから、その場にいた被告人、E、Fも含め、当時C方に出入りしていた者たちで、覚せい剤の密売を行うことになった。そして、被告人は、同年四月下旬ころ、Bの下で△△企業の仕事に従事するようになり、遅くともそのころから、本件密売に後記の態様で加担していた。なお、時期は必ずしも明らかでないが、後にG(当時二三歳位)も加担するようになった結果、本件密売グループのメンバーは、右B、C、被告人、E、F及びGの計六名となった。

3  密売の実態及び各人の役割等

(1) まず、Bは、覚せい剤の卸をしていた兵庫県明石市在住のDに連絡を取り、同人から覚せい剤約四グラム入の袋(いわゆるダンゴシャブ)を当初一袋七万円、後に一袋五万円で仕入れていたが、その回数は、同年六月一七日までに十数回に上った。なお、同年五月上旬ころから、Bからの連絡を受けたDがC方に来て、同所で覚せい剤の取引が行われるようになったが、B以外の者がDと連絡を取ったり、Dから覚せい剤を受け取ったりすることはなかった。また、取引の現場に被告人やFなどが居合わせ、Dが出した数個のダンゴシャブのうちどれがいいかなどと回りで騒ぎ立てることがあったとしても、どれにするか決めるのは、あくまでもB及びCであり、覚せい剤の仕入れは、専らBの役割であった。

(2) Bらは、こうして仕入れた約四グラムの覚せい剤を、目分量で0.1グラム入りのパケ約二五袋に小分けした上、一袋一万円で密売し、残りの約1.5グラムをメンバーの自己使用分に回していた。覚せい剤を小分けしてパケに詰め込む作業は、C方において、主にBとCがしていたが、被告人、Fら他のメンバーも、その場に居合わせれば、割り箸とライターを使ってパケに封をするなど、適宜手伝っていた。なお、当初は、被告人らも覚せい剤の詰め込み作業をしていたが、量の多寡が著しかったために、BとCがするようになった経緯がある。

(3) Bは、覚せい剤の保管、売上金の管理の全てを取り仕切っており、他のメンバーに客から注文があれば、その都度、覚せい剤入りのパケを渡し、その者が客に売った代金を受け取り、その売上の中から、覚せい剤仕入れ代金やC方に溜まっているメンバーの生活費あるいはカラオケスナック代などの遊興費を支出していた。また、Bは、保管していた覚せい剤の中から、適宜、自分や他のメンバーの自己使用分を取り出し、また、Cや被告人らが覚せい剤を売ってきた時などに、その半分位の量の覚せい剤を渡すようにしていたが、密売用に作ったパケでもメンバーの自己使用分に回すこともあり、また、被告人に対して、△△企業の給料の代わりに覚せい剤を渡すようなこともあった。なお、Bから渡された覚せい剤を、被告人らが自己使用しようと他に売って小遣い銭にしようと自由であった。

(4) 覚せい剤の売上量は、Cが最も多く、これに被告人、Bが続き、他のメンバーは、あったとしても僅かであった。Cは、過去に覚せい剤の密売経験があり、覚せい剤を使用する者も数多く知っていたことから、群を抜く売上げ実績を上げていたが、被告人も、O、P、Q、R等といった覚せい剤友達が複数あり、これらの者に対して、覚せい剤を積極的に売りさばいていた。被告人が覚せい剤を売った回数について、被告人は、当公判廷において捜査段階における供述(Pに対して約二〇回、Oに対して約一〇回、Qに対して約二回、Rに対して約五回)を大きく後退させているのであるが、PやOの供述内容及び被告人の当公判廷における供述態度に照らせば、少なくとも被告人が同人らに対し、相当多数回にわたって覚せい剤を売りさばいていたことが窺われ、Bもこれを「助かる」という認識で受けとめていた。

(5) Cにかかってくる客からの注文の電話は、Cがいれば、同人が取ったが、いない時には、被告人らその場に居合わせた者が取り、また、被告人やEは、車の運転ができたことから、Cなどに頼まれ、運転手として客への覚せい剤の配達を手伝っていた。

4  本件覚せい剤譲り受け及びその前後の状況

被告人は、同年六月一七日午前七時すぎころ、△△企業の仕事であるスーパーいずみ屋の女子寮の草刈りに行く目的で、FとともにC方にいたところ、前日にBからの注文を受けていたDが内妻のD'を伴って現れ、しばらくして、Cからの電話連絡を受けたBもやってきた。そして、同日午前七時三〇分すぎ頃、同所において、Dがダンゴシャブ約三袋を取り出し、台所のこたつテーブルの上に置くと、Bが、Cと相談の上、そのうちの一袋を選び、代金五万円は後で払う旨Dの了承を得て、覚せい剤約四グラム入りのダンゴシャブ一袋を購入した。その際、被告人は、Fと共に、側にいて、そのやりとりを見ていた。

その後、Dが別の覚せい剤の袋を出して皆に振る舞ったため、被告人を含めその場にいた者全員で覚せい剤を自己使用した後、C、被告人、Fの三名が、いずみ屋の女子寮の草刈りの仕事に出掛け、残ったBが、Dから購入した右覚せい剤を四〇袋くらいに小分けした。そして、同日午後八時ころ、C方に対する捜索により右覚せい剤の一部が発見され、Cが現行犯人として逮捕されたことから、本件事犯が発覚した。

三  実行共同正犯の成否

以上によれば、前記公訴事実記載の日時場所において、営利の目的で、Dから約四グラム入りの覚せい剤結晶粉末一袋を譲り受け、これを所持する実行行為をなしたのは、それまでと同様、専属的に仕入れ行為を行っていたBであり、被告人については、その場にいたとしても、当該覚せい剤についての事実的支配も、譲り受けの主体としての地位も認められないことは明らかである。したがって、本件では、被告人について、覚せい剤の営利目的所持罪ないし譲受罪の実行共同正犯が成立する余地はなく、共謀共同正犯の成否のみが問題となる。

四  共謀共同正犯の成否

ところで、共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない。そして、本件のようなグループによる継続的な覚せい剤の密売事犯において、ある特定の覚せい剤の仕入れないしその直後の所持につき、実行に直接関与していない者に営利目的譲受罪ないし所持罪の共謀共同正犯が成立するためには、個々の謀議まで必要としないことはもちろんであるが、少なくとも、その者が実行担当者と互いにその行為を利用し合って犯罪を実現する関係、換言すれば、その者につき、他人の行為を利用していわば自己の犯罪を行ったという「正犯性」を肯定すべき実質がそなわっていることが必要というべきである。本件においては、実行担当者であるBは、密売の発案者で、かつ、覚せい剤の仕入れ、保管、売上金の管理などを取り仕切る本件密売の中心人物であったのであるから、被告人につき、右相互利用関係を肯定するためには、被告人が密売グループの中においてBと対等ないしそれ以上の立場で本件密売を積極的に推進していたか(例えば、覚せい剤の販売部門を任されていたとか、密売による利益を独占的に得ていたなど)、あるいは、当該譲り受けに際して、実行行為に準ずる重要な役割を果たした(例えば覚せい剤の仕入れ先を紹介してBとの間を取りもつなど)など、実行行為者に対して支配または影響力を行使したと認められる特段の事情が必要というべきである。

そこで、検討するに、

1  まず、Bは、現役の暴力団組員で、被告人らを雇いながら、自ら密売を発案し、覚せい剤の仕入れ、保管、売上金の管理などを取り仕切っていた本件密売グループの主犯格である。他方の共犯者とされるCは、Bとは、暴力団関係者を通じて知り合い、同人より一八歳も年上で、同人から「兄貴」と呼ばれ、本件密売に際しても、当初からBの相談を受けて、それならば自分が現金の客を紹介するなどと言って積極的に参加し、自宅を密売拠点として提供する他、過去の密売経験を生かして群を抜く密売実績を上げるなど、Bと対等の立場で本件密売を推進していたことが認められる。これに対し、被告人は、同じ覚せい剤仲間といっても、Bより三歳年下で、組員でもなく、かえって同人の従業員としての立場にあり、C方に出入りしていたBやD'からも、Bの若い衆としか認識されておらず、また、本件密売に際しても、BやCに指示ないし依頼されて覚せい剤の配達や密売用のパケ作りを手伝い、前記のように覚せい剤を多数回にわたり友人などに売りさばいていたものの、少なくとも平成四年六月一七日までは、Bから一定量の覚せい剤を預けられて密売を任せられるようなこともなかった。なお、被告人は、同月二二日にBから二〇袋もの覚せい剤を密売するようにと預けられたことが認められるが、これは、Cが逮捕された後であり、Bも身辺に捜査の手が回っていることを察知してのことであるから、同月一七日の本件時点とは事情が異なっており、この点を過大に証価すべきではない。さらに、Bが当公判廷において、右のような被告人の関与を単に「助かる」と受けとめていたに過ぎず、本件密売は自分とCの二人が中心となってしていたものである旨証言していることなどをも合わせ考慮すると、被告人がBと対等な立場で本件密売を推進していたとは、とうてい認められない。

2  次に覚せい剤の仕入れ先であるDを見つけたのはBであり、Dとの交渉、連絡、取引の全ては、Bがして、被告人が介入する余地はなかった。被告人が本件覚せい剤の譲り受けの現場に居合わせ、また、それ以前にも、Dからの覚せい剤譲り受けの際に居合わせたことが多数回あったとしても、それは、覚せい剤の取引があるからということではなく、当時C方に頻繁に出入りしていたために、たまたま取引の現場に居合わせたというだけのことであり、仕入れについて被告人が何らかの影響力を与えていたとは認め難い。この点、Cは、本件当日、自宅にDが来るとすぐにBを呼び出し、Dが出した約三個のダンゴシャブのうちどれを選ぶかBから意見を求められて応答するなど、本件譲り受け行為自体についても深く関与しているのに対し、被告人については、その場にいて見ていただけで、何ら幇助的行為すらしておらず、もとより、Bの右譲り受けないし所持行為について実行行為に準ずる重要な役割を果たしていたとも認められない。

結局、本件密売の中心メンバーは、B及びCの両名であって、被告人は、E、Fなど他のメンバーと同様、その周辺にいて主に売り子としてBらの密売を手伝いながら、自己使用分の覚せい剤を対価なしに入手するなどの恩恵を受けていたものにすぎないと見るのが相当である。そして、これまで検討したとおり、前記特段の事情が認められない以上、B及びCの覚せい剤の譲り受けないしその直後の所持について、売り子としての被告人に、共謀共同正犯の成立を認めるには、疑問が残るといわざるを得ない。なお、被告人は、捜査段階及び第一回公判期日において、B及びCとの共謀による本件覚せい剤の営利目的所持を認める供述をなし、その後これを撤回しているが、右自白は甚だ抽象的なものにとどまる一方、前記のように共謀共同正犯における共謀の認定はすぐれて価値的な判断を伴うものであるから、被告人の自白を基礎として共謀の事実を認定することも相当とはいえない。

五  検察官の主張に対する検討

これに対し、検察官は、①本件の主犯格Bと被告人とは、覚せい剤仲間としての対等な関係であって、支配服従関係はなく、被告人にもBに対するある程度の影響力があった、②被告人には、自己使用分の覚せい剤を得るという本件密売グループに加担する強い動機があった、③被告人は、Cに次ぐナンバー2の売り子として本件密売グループにおいて必要不可欠な重要な役割を担当し、継続的な覚せい剤密売組織において主要な地位にあった、④覚せい剤の組織的密売の場合、その所持ないし譲り受けは、継続的に一体となって展開される密売の手段ないし一場面に過ぎないことから、以上のように密売(譲渡行為)について積極的に関与していた被告人は、その論理的前提である譲り受けないし所持についても、当然に共謀共同正犯としての責任を負うべきであると主張するので、これらについて付言する。

1  まず、Bと被告人の関係が、社会生活上も密売グループ内においても、とうてい対等といえないことは前述のとおりであって、被告人が覚せい剤を売却した際などにBに自己使用分の覚せい剤を要求し、これにBが応じたことがあっても、それ以上に、被告人が、覚せい剤の仕入れ、保管、販売条件の設定、あるいは利益の分配等について、Bに対して影響力を行使し得る立場にあったとは認められない。

2  被告人が、Bらの密売に加担する強い動機を有し、本件密売において必要不可欠といえるかどうかはさておき、Cに次ぐナンバー2の売り子として相当重要な役割を果たしていたことは検察官指摘のとおりである。しかしながら、本件では、あくまで平成四年六月一七日午前七時三〇分過ぎころのC方における覚せい剤所持ないし譲り受けという特定の犯罪につき、Bより下位の立場にあった被告人について共同正犯としての責任が認められるかどうかが問われているのであるから、その認定に際しては、当該所持ないし譲り受けに対する被告人の影響力及び関与度をも考慮して、前述したような観点からの厳密な検討を要するものというべきである。検察官の立論によれば、被告人については、一連の覚せい剤密売のどの時点を捉えても、共謀共同正犯の成立が認められることになると思われるが、これは、法が、同じ営利目的でも、譲受、所持、譲渡という別個の構成要件を設けている趣旨を没却するものであり、とうてい採用できない。

六  幇助罪の成否

なお、被告人が本件密売に深く関与していたことは前記認定のとおりではあるが、本件覚せい剤の譲り受けないしその直後の所持に関する限り、被告人が、何らかの幇助的行為をなしていたとも認め難いので、被告人につき、共謀共同正犯の訴因に対して幇助罪の成立を認めることもできない。

七  結論

よって、本件共謀による営利目的の覚せい剤所持ないし譲り受けの公訴事実は、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条後段により、被告人に対し無罪の言い渡しをする。

(裁判長裁判官安原浩 裁判官芦髙源 裁判官今村和彦)

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